実数と小数

  • 実数は、モノの長さと対応する数です。
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性質(実数と小数).

  • 有限小数は有理数である。
  • 無限小数については,
    • 循環する無限小数は有理数である。
    • 循環しない無限小数は無理数である。

※有理数は、有限小数もしくは循環する無限小数である。

性質(実数の構成).

実数 $\mathbb{R}$
・無理数
・有理数 $\mathbb{Q}$

有理数
・整数 $\mathbb{Z}$
・整数ではない有理数

整数
・自然数 $\mathbb{N}$
・0
・負の整数

数学のポイント

実数の感覚

数学の実数解とかの実数とは何ですか

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実数という言葉が高校の教科書には、よく出てくるにも関わらず、よく分からんと思われているかもしれません。よく分からない理由は、実感がないからだと思います。 この記事では「実数は目に見える数」という話題に話を絞って、書いてい […]

実数の小数との関係の確認

有理数である小数

命題

有限小数は有理数である。

スタート(具体例)
  • $2.153$
  • 有理数とは、(整数)/(整数)と表される数のこと
有理数の定義に対応させる

$2.153$
$\displaystyle =\frac{2153}{1000}$

2153も1000も整数である。

ゴール(結論)

$2.153$ は有理数である。

命題

循環する無限小数は有理数である。

スタート(具体例)
  • $2.\dot{1}5\dot{3} = 2153153\cdots$
  • 有理数とは、(整数)/(整数)と表される数のこと
有理数の定義に対応させる

$x = 2.\dot{1}5\dot{3}$ と置く。

両辺を$1000$倍して、$1000x = 2153.\dot{1}5\dot{3}$ である。

\begin{array}{rrrrl}
&1000x & = & 2153.& 153\cdots\\
- \large{)}& x & = & 2.&153\cdots\\
\hline
& 999x & = & 2151 &
\end{array}

$\displaystyle x =\frac{2151}{999} = \frac{239}{111}$

$\displaystyle 2.\dot{1}5\dot{3} = \frac{239}{111}$

ゴール(結論)

$ 2.\dot{1}5\dot{3}$ は有理数である。

実数のPythonコード

無理数の小数近似

import math

# 円周率の小数近似
print(math.pi)

# ルート2の小数近似
print(math.sqrt(2))

# log_{10}2の小数近似
print(math.log(2,10))

# ネイピア数の小数近似
print(math.e)

有理数と無理数をちゃんと区別したい

そっか、有理数を「整数分の整数」とか、「有限小数or循環小数」とか、ではなく、「何倍かしたら整数になるもの」もしくは「何個か合わせたら整数になるもの」と捉えれば「見える化」できそうだ。

割り算とか、小数とかの概念ではなく、掛け算とか足し算の概念で理解した方が楽だよね。

有理数について

POINT:数直線上で有理数とは、基準の長さを当分に分けたときにできる長さ全てである。

→数倍すれば整数になる。

有理数って何者?

分子を分母で割ってったら、有限小数か循環小数になるもの。(見える化!)

ここでの分類が気になる。

有限小数の特徴づけ

小数第 $k$ 位までの有限小数 $x$ は,$10^k \times x$ が整数である。

ってことは、小数を既約分数で表現したときの分母の因数に、2か5以外が含まれていると、有限にはなり得ない、ことが分かる!

分数から小数を見ました

どんな小数が有理数?

この逆もしっかりと考えてあげたいですね。

STEP1(有限小数)

有限小数は有理数

$10^k$倍する感じ。

STEP2(無限小数)

循環する小数は有理数

$x$を使う計算

何倍って概念で攻めれば、良いんだけど、「長さ」の場合は、倍が分かりにくいから、何個か集めるって考えれば良いんだな!

→ルート2は、何個集めても整数にならない数のこと!

無理数について

無理数って何者?

それが全て?

STEP3(無限小数)

循環しない小数は無理数

よく、「ピタゴラスが無理数の存在を認めなかった」という主張があるけど、本当かなーって疑問を抱いた。

「こんな綺麗な数だけで、任意の長さを表せられる」と思う方が不自然な気がする。

もしかすると、無理数の存在を認めないという感覚的な問題ではなくて、記法的にも数学の証明的にも論理的に認めるための手段が無かったという気持ちなんじゃないかなーって感じる。

昔の人の気持ちはどうなんだろーな。今を基準にして昔を図るのは良くないけど、どうなんでしょうね。

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